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たつの思い出 ※すごい長いよ


2013年1月5日に2歳下の弟達成が亡くなった。

たつが亡くなって、たつのことを色々思い出してみた。そして残しておこうと思う。

たつは生まれつき障碍を持って生まれた。

私が記憶に残っている最初のたつは、哺乳瓶をやめたときのこと。

母が言うには私が3歳?ぐらいの頃。私はまだ哺乳瓶が離せず、弟のひーもたつも飲んでいた頃。

ある日突然たつが、「おれ、もうミルクやめた」と言い出した。

実際自分を「おれ」ではなく、当時は「たっちゃん」と呼んでいたかもしれないが。

当時まだ一番末の、そしてまだ1歳のたつが先にミルクやめたと言ったので、連鎖的に次はひーが「おれもやめた」と言い、まだたつの時点でやめる気がなかった私だが、ひーもやめたと言うので私も「あきもやめた」と言って、
本当にその時から哺乳瓶を卒業した。

なんて1歳なんだ、やつは。

もう一つのかなり小さい頃のエピソード。

たつがまだ幼稚園ぐらいの歳だっただろうか。

彼はひょうきんで明るい性格で、よくみんなを笑わせていた。

あるとき、夜の家族のお祈りでたつが当たったのでみんなが目を閉じて、たつがいつもどおり「天のお父様・・・」と祈り始めるのを待っていた。

しかし彼は突然超ハジけた声で
「ヘーイ!宇宙のお父様~!!」
と祈り始めた。

家族は全員大爆笑。なんだ、宇宙のお父様って!!??しかも、呼びかけがヘーイ!

その後しばらく笑いがおさまらず大変でした。

たつはしばらく末っ子でみんなに可愛がられてたけど、4年後にだん君が生まれてからは弾くんにみんなの注目が集まるようになって、その時は寂しい思いをしたんじゃないかと思う。少し元気が下がっていた気がした。

小学校の時はゲームが大好きで、毎日毎日ゲームをしていた。

私はRPGが好きだったけど、たつはカービィとかマリオとかアクション、あと格闘ゲームが好きだった。

最初はファミコン、次にスーファミ、ロクヨン、プレステ、キューブ、などなど・・・いろんなゲームをやり尽くしたんじゃないか。

普通のコントローラーを握れないので、父特製の棒付きコントローラーで一生懸命やってたな。しかも上手かった。

小学校3、4年ぐらいの時は一番太っていて、チップスとKFCが大好きで、兄の盾に「チキンデブ」と言われていたな。
あの頃は汗かきハアハア言いながらゲームやってて、まさにデブだった。

中学生、高校ぐらいまで多分ほとんどゲームばかりの日々を送っていたんだと思う。

教会に活発だったし、家族とも仲良くやってた。弾を下僕のように扱っていた。

家では毎晩私、ひー、たつ、弾で面白い話したり架空の世界で遊んだり、毎日が修学旅行みたいで、よく母に「早く寝なさい!」と怒られても、気づかれないように小さい声で話したりしていた。

高校後半ぐらいからゲームをあまりやらなくなって、真面目に勉強し始めた。

ゲームばかりやっていた事を後悔し、勉強に専念するようになった。

私はその頃に結婚して家を出たので、詳しい思い出はここまででストップだけど、目白大学に入ってからは本当に熱心に勉強していた。

特別支援学校にいる時は、普通高校のようなレベルではないので、大学に入ってからは周りに追いつくために必死だった。

そんな時、私の一つ下の弟のヒーが亡くなった後、夢だったアメリカに留学することになった。

アメリカでも必死に勉強して、大学に入った。大学に入ってからも必死に勉強した。

母が言うにはかなりいい成績だったらしい。すごいぞ、たつ!

アメリカではたくさんの友人に恵まれた。本当にたくさん。びっくりするぐらいたくさん。

車椅子の弟たちの周りには、愛があってとてもいい人たちばかり集まる。そうでない人はあまり来ない。

たくさんの友人たちの愛に囲まれ、幸せだったのではないか。

でもたつの生まれ持った病気は筋肉が衰えて行くので、車椅子を自分の手で操縦できなくなったりした。

しかしその後祝福され、アメリカで息を吹いて操作する新しい車椅子を手に入れることができた。

でも病気は進行して、体が弱ったり呼吸が弱ったりしていった。

彼が亡くなる1年ぐらい前から、その兆候は出ていた。

私は、彼がフェイスブックで誰かと会話している中で、「俺、卒業したらサンタクロースになる」と書いてあるのを見たときには、この人、(死が)近いんじゃないかと薄々感じていた。

あと私はよくスカイプで母と話をしていたのだが、「最近たつがひーみたいになってきた」(つまり痩せてきた)とか、たつ自身のフェイスブックに体が衰えているのを感じていることを書いたりしていた。

私が先月アメリカに行ったのもたつに早く会っておきたいという理由も一つあった。

彼は向こうで私の子供たちに一人一人におもちゃを買ってくれ、一人一人手紙とお小遣いもくれた。立派なサンタクロースになったんじゃないかと思う。

アメリカで会った時のたつは、奉仕宣教師でもあったせいか、今までの生意気さやたまに言う皮肉もなく、とても素直で純真で可愛い弟だった。

たつとグレートソルトレークやテンプルスクウェアに観光に行けたし、ご飯を食べさせてあげたり、歯を磨いてあげたり、明け方まで語り合ったりできたのは大きな祝福だ。

語り合った時にたつはだいぶ大人になったと感じた。弾はまだ子供だと思ったけど。

私が日本に帰る日の朝、まだ寝てたけど、たつに愛情込めて「たつ、ありがとうね」と言って抱きしめてお別れできた。弾には「頑張れよ!(もう、こいつはまったく・・・)」でいいと思った。

私はなんとなく、もう彼と地上で会うのはこれで最後だと感じていたのかもしれない。

私の人生の前半で、弟のひーたつだんの世話をできたこの経験は本当に貴重な大事な経験だった。

朝起きて彼らの顔拭いて、着替えさせておむつ替えて、抱っこして専用のイスに座らせ、朝ごはん食べさせ、帰ってきたらゲームや宿題やらせて、おやつ食べさせ、手や足や首を頻繁に位置を替えて直してあげ、夕飯、ベッドに運び、歯磨き、パジャマに着替え、呼吸器つけて寝かせる。

私は結婚前にこれらを毎日すべてやっていたわけではないが、こんなことを、今思えばやらせてもらっていた。

母は毎日この他に学校に連れて行くことや夜中に体の位置を変えてあげること等もやっている。一番多い時は同時に3人も。父もこれらをやって、さらにお風呂と学校担当。

母と父は、特に母はこれらのことを彼らが生まれた時から今も続けている。

なんと驚異的な人だろう。

・・・いつの間にか母の話になってしまった。

私が彼らと過ごした19年間は本当に貴重な経験だったと思う。結婚してからは、妊娠や子育てであまり母や彼らを助けてあげられなかったけど、彼らの模範からたくさん祝福をもらった。

私の心は喜びに満たされている!ありがとう、ひーたつだん!なっちゃん(亡くなった姉)も。

こんな家庭に生まれ育ったけど、一度も私は不幸だと思ったことはないし、毎日楽しかったし、ひーや誰かが入院したときは一緒に祈ったり、お母さんが神殿行っている間留守番したり、経験したすべてが私を強め、幸せにしてくれた!

今回のたつの死でこのことに気づくことができた。

ひーの死の時も色々学んだし気づけたけど、今回もたくさん学んだ。

たつ、人生の学校、卒業おめでとう!

私はこれからも前進していく。

たつの思い出

カテゴリー:秋子の日記

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Ba-ba ⇒ そうだね。

まあ、楽しいv-25家族だったんじゃv-117ないかな?あとこのv-22アメリカはv-84すごい祝福だったよ、たつにとって。v-82こっちもおこぼれいっぱいv-378もらったし。v-384あの子たちに感謝v-487だよ。いつも神殿v-43にいるらしいから。また会えるよ。v-254れいちゃん、ありがとうね。酒田家のみなさんにありがとうと伝えてください。v-274福音に感謝!!v-308

  • |2013.01.10
  • |Thu
  • |04:05
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秋 ⇒ れいさんへ

たつは今頃向こうで幸せにしてるよ。酒田家には私もたつもお世話になりました。ありがとう!

  • |2013.01.08
  • |Tue
  • |13:37
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れい ⇒ No title

タツの事聞きました。タツはきっと今歩いて走っているんじゃないかな。ひーとなっちゃんに会って喜んでるかな?
私のタツの一番はじめの思い出はまだ生まれたばかりの赤ちゃんだよ。リュックをしょった秋と一緒にやって来たんだよね。
思えばあれが伊藤家という家の印象だったとおもう。
「ほにゅうーびん!」と言って夜中起き出してきた秋は忘れられない思い出だな。秋とタツはいつもセットでウチに来ていたから、なんか弟な気がしてたよ。
伊藤家にしては珍しく甘い物が好きで、お土産でもらった「ひよこ」を食べながら寝ていた事や、「ケーキはもっと奥まで突っ込んで!」って注文されたことも、ユタやハワイの旅行も鮮明に覚えているよ。語り出したらキリがないんだけど、とても大切な事をいつも教えてくれる存在だったね。お茶目な一面も魅力の一つだったネ。これからはなっちゃんとひーとタツが見ていてくれると思うと、もっといい人にならないといけないって思うよね。
今はありがとうタツ って気持ちでいっぱいです。

  • |2013.01.07
  • |Mon
  • |21:30
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Author:aki
2005年秋子&大地が結婚
2006年太陽誕生
2007年雷芽誕生
2009年錬誕生
2011年佳鼓誕生
2013年百合誕生
2015年秋音誕生

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